古書籍商の父のもと、幼いころから本に囲まれて育ったサミュエル・ジョンソンの頭の中には、世界中の賢人たちの知恵がたくさん詰まっていました。
また、数百人の作家や詩人の名句を例文として集めた『英語辞典』の編纂を経て、さらに見識を深めた彼は、今週の恋愛格言が収められた『幸福の追求 アビシニアの王子ラセラスの物語』を執筆し、主人公たちの言葉を借りて人生論や幸福論を大いに語っています。
物語の主人公であるアビシニア(エチオピア)の王子ラセラスは、王位継承の日まで何不自由ない王宮に閉じ込められて生活していましたが、外の世界を知りたいという強い思いから、妹のネカヤア姫と共に王宮を脱出して旅に出ました。
他国の王族や貧しい者たち、すべての物事を知る老賢人や盗賊との出会いを経験し、旅の途中で二人は、人生や幸福についての想いを語り合います。
また、二人は幸福の一つの形として、結婚についてもたびたび議論しました。
ネカヤア姫は、結婚している者は手放しで幸福なものは少なく、結婚生活には不和や争い事がつきもので問題だらけであると分析しながらも、
「結婚は多くの苦痛を持つが、独身生活は喜びを持たない」
と言うのです。
結婚生活は自分の思い通りにならないことばかりだが、かといって独身者が何をしているかと言えば、暇をつぶすために感心しない趣味に浸ったり、人をねたんで悪口ばかり言っている。
そして、ただ一点「結婚していない」という事実に限っては、確実に人よりも足りていないことをずっと気にして生きていかなければならない、と姫は嘆きます。
独身者の記述については多分に偏見が感じられますが、18世紀のイギリスでは結婚が社会的強制でしたから、女性でも男性でも結婚していないということを負い目に感じる人は多かったのでしょうね。
物語は最後にこう締められています。
「今日があるからといって明日があると思ってはならない。年老いてから後悔するときがないとも限らない」
「前進しないものは、満足を得ることができない。辛いことや悲しいことがあるからこそ、喜びがあるのである」
確かに結婚には苦労やトラブルがつきものですが、闇があるからこそ光があるように、さまざまな出来事を超えてこそ、大きな喜びを得ることができるともいえるのではないでしょうか。
結婚生活を良いものとするか、悪いものとするかは、ひとえにその人の気持ちの持ちようにかかっているのかもしれませんね。
今週の恋愛格言をのこしたのは、イギリスの詩人であり、批評家でもあったサミュエル・ジョンソンです。
イギリス文壇の大御所と呼ばれ、不可能ともいわれた個人編集での『英語辞典』の編集を行ったことでも知られています。
イングランド中部のリッチフィールドで古書籍商の家に生まれたサミュエル・ジョンソンは、大変な苦労の人でした。
生後すぐの病気で左目と左耳が不自由になりつつも、非常に優秀であったために、知人の援助を得てオックスフォード大学へ進学しました。
しかし実家が没落してしまい、経済的困窮のために14カ月で大学を中退。
教師や翻訳、新聞記者などをしながら、9年もの歳月を費やして『英語辞典』を編纂しています。
これらの功績により、後にオックスフォード大学から文学修士、法学博士の学位を与えられました。
その他代表作は、『シェイクスピア全集』、唯一の小説である『幸福の追求 アビシニアの王子ラセラスの物語』(『ラセラス』)、『イギリス詩人伝』など。
私生活では25歳の時に20歳年上の子持ちの未亡人と結婚しています。
周りの人々には年齢差のことでアレコレ噂されたようですが、夫妻はお互いを唯一無二の理解者として尊重しあい、大変仲が良かったといわれています。
妻が亡くなった際には、人目もはばからず嘆き悲しみ、結婚指輪を木箱に収めて生涯大切にしていたそうですよ。素敵な結婚人生ですね!