東大に合格さえすれば女性にモテるはず、との思いで受験戦争を何とか乗り切ったAさん。
本格的な恋愛経験は大学入学後だったわけだが、実際のところはどうだったのだろうか?
「当時は“3高”なんて言われてたじゃないですか。私はとりあえず背も低いほうじゃなかったし、東大生だったのでかなりモテましたね。中高生時代に恋愛を犠牲にしてまで受験勉強に励んだのは間違いじゃなかった、と思ったものです(笑)」
“3高”とはバブル時代、女性が結婚相手に望む3条件のことで、高身長・高収入・高学歴であることを指す。Aさんの場合、学生であったため“高収入”とまではいかなかったものの、
それでも当時の好景気のおかげでバイト時給も高騰しており、学生としてはかなりの収入を得ていたし、東大生だけに“高収入予備軍”でもあった。モテないはずがない。
当時、若い女性の人気ファッションといえば、ワンレングスのロングヘアに身体の線もあらわなタイトなワンピースに身を包むという、俗に言う“ワンレン・ボディコン”である。
バブル時代、当世風の女性と言えば、このワンレン・ボディコンの女性たちだった。
「ずばり、ストライクゾーンでした(笑)。夜な夜な、そうした女性を目当てに合コンやディスコ、カフェバーなどでナンパに励んでいました。当時は決まった女性と付き合うようなことはなかったですね。振り返ってみると、これが私の恋愛の原体験だったような気がします」
女性にまったく縁のなかった中高生時代から一転して、女性にモテモテの大学時代――。
極端から極端へと、いくらなんでもふり幅が大きすぎる。結局、Aさんは一人の女性と段階を踏んできちんと付き合うというノーマルな恋愛を経験することなく、複数の女性ととっかえひっかえ付き合うことに……。これでは恋愛観が歪んでしまうのも無理もないだろう。
ちなみに蛇足ながら付け加えると、当時のAさんの女性関係が際立って乱れていたわけではない。普通の学生に比べて、少々遊んでいたという程度だろう。今となっては、そういう時代風潮だったと言うしかない。それは現在のAさんの地味なたたずまいを見てもわかろうというもの。
「就職してからもまだバブルは続いていて、女性関係は相変わらず派手でしたね。なまじ給料も良かったんで、余計に拍車がかかったという感じでした。ジュリアナ東京とか神楽坂のツインスターなんかでよくナンパしたことを憶えています。懐かしいなあ」
そんなAさんのイケイケな女性関係も、バブル崩壊とそれに伴う長期不況とともに終わりを告げる。また、30歳の声が聞こえてくると、浮かれていたAさんの周りの友人たちも地に足のついた女性との交際へシフトし、結婚して身を固める者も出てきた。
しかし、そんな中でもAさんの恋愛観は変わることはなかった。