「理由は一つしかありません。僕は文ちゃんが好きです。」という言葉は、芥川龍之介24歳の時に、後に妻となった8歳年下の塚本 文へ送ったラブレターの一部です。
こんなストレートな愛の言葉をおくられたら、女性なら誰でもグッときてしまいますよね。
塚本 文は家族ぐるみの付き合いをしていた中学時代からの友人の姪で、龍之介は長い間ひそかに恋心を抱いていました。
家族の同意を得て交際を許されると、結婚を申し込む恋文を送るのです。
古典や宗教をテーマにした格調高い作品で有名な芥川龍之介は、とても冷静で論理的な人物だったといわれています。
現在のこっている写真でも、目鼻立ちの整った顔にクールな表情を浮かべ、いかにも頭の切れる天才小説家といった風情。
キリリとした眉に大きな目、スッキリした鼻筋の下にはセクシーな肉厚の唇とかなりの美形でしたから、当時の作家では珍しくブロマイドが作られたこともあったようです。
恋愛に対しては、
「恋愛はただ性欲の詩的表現をうけたものである」
「女人は、我々男子にはまさに人生そのものである。即ち、諸悪の根源である」
などと冷ややかな表現をしていますが、実は恋人へ熱烈なラブレターを送ったり、何人もの女性と恋に落ちる情熱家でもありました。
「文ちゃんをもらいたいと言うことを、僕が兄さんに話してから、何年になるでしょう。
もらいたい理由は、たった一つあるきりです。
そうして、その理由は、僕は文ちゃんが好きだと言うことです。
もちろん昔から好きでした。今でも好きです。
その外に何も理由はありません。」
「僕のやっている商売は今の日本で一番金にならない商売です。
その上僕自身もろくに金はありません。」
「繰り返して書きますが、理由は一つしかありません。
僕は文ちゃんが好きです。それだけでよければ、来て下さい。」
ただあなたが好きだ、他に理由などない。
これだけ純粋な思いをぶつけられたら、どんな女性も心を動かされてしまうでしょう。
どんな美しい花よりも、プレゼントの山よりも、心からの愛の言葉に勝るものはありません。
今週の恋愛格言をのこしたのは、近代日本きっての天才作家・芥川龍之介です。
日本で最も有名な文学賞に名を冠し、黒澤明監督の映画『羅生門』、手塚治虫の漫画『火の鳥』を筆頭に、多くの作家・漫画家・映画監督・芸術家に至るまで、今もなお広く影響をおよぼし続けています。
1892年に東京・京橋の商店の長男として生まれましたが、母が神経を病んだために叔父の養子となり、元士族の旧家で芸術や文化にふれて育ちました。
幼いころから大変優秀であったため、第一高等学校へは無試験入学、後に最難関であった東京帝国大学英文科へ進学しています。
夏目漱石に作品を絶賛され作家デビューしてからは、英語教師や文学講師をしながら『羅生門』、『鼻』、『蜘蛛の糸』、『地獄変』、『杜子春』、『河童』などの名作を次々に発表しました。
私生活では友人の親せきであった塚本文と熱烈な恋愛を経て結婚。3人の男子をもうけました。
笑顔の写真がほぼ存在しないニヒルな印象の芥川ですが、木登りをして子どもと戯れるなど子煩悩な姿が映像で残されています。
神経衰弱と極度の片頭痛のため1927年に服毒自殺。享年35。
あまりにも早すぎる死でした。