42歳なのですが、好きになれる相手と巡り合い結婚したいと思っています。
去年お付合いしていた男性は穏やかで知的で思いやりがあり尊敬できる人で、結婚相手としては理想的でした。
でも男性として好きとは思えず自然消滅になっていて、ただ彼の性格の良さは心にずっとあったので最近また連絡を取ってみたら今は既に結婚を考えている人がいるそうです。
もうこれで3回同じことをしています。
付き合ってる時はその人と向き合えずに、しばらくして宝物になるはずだった人では…と気がつく。
私ってバカなんでしょうか?目の前の青い鳥が見えずに幻を追い求め、タイミングを逃しているだけなんでしょうか?好きという感情にこだわり過ぎるのでしょうか?
それとも心の奥底では本当は結婚なんてしたくないのでしょうか?
どうしたらいいか本当にわかりません。もうこんな人生本当に嫌だし、できれば今年中に結婚相手を見つけたいのでまた同じ失敗を繰り返したくありません。
結婚には好きかどうかはあまり重要ではないのでしょうか?
どうかよいアドバイスをお願いします。
いいトシをしてこんな質問ですみません。
結婚情報サービス・サンマリエのベテランスタッフ。
日々多くのカップルを見届けている、いわば『恋のプロフェッショナル』。長年たくさんの会員さんの恋の悩みにお答えしてきたノウハウを存分に活かし、あなたのご相談に親身にお答えいたします。
この質問に関する回答
やっぱりカラダを重ねたいと思えないような人と、暮らしていくのは苦痛ですよ。
なので、今までのあなたの選択は間違っていたとは思いません。
失ってから惜しくなるということを三回も繰り返しているというのも、これだ!と思える人とめぐりあえるまでの試行錯誤というものです。
むしろ42歳で三回というのは少ないと思います。
気になるのは、去年、おつきあいしていた人というのは、文面からすると性交はしていないという点。
もしやあなたは学習が足りないのでは?と思うのです。
性交を含めたおつきあいを今までどのくらいしてきたのでしょう。
去年の彼とは(SEXはしたいと思わなかった)とのことですが、今までにSEXしたいと思った男とおつきあいしたことはありますか?
おつきあいしたことがあるとして、その男とはなぜ結婚しなかったのでしょう。
やはり結婚に踏み切れない理由があったに違いありません。
太古、日本では、恋愛=SEX=結婚でした。
それら三つを合わせたものが「まぐはひ」だとわたしは解釈しています。
しかしそれは、男が女の元に通う「妻問い婚」で、生まれた子供は母方で育てていたため、結婚の重みが今よりずっと軽かったから成立したこと。
しかも上流社会の、美や富をもった人たちの話で、庶民は年頃になると、近所や親類の異性と、激しい恋もせずに結婚したのが実情でしょう。
「歌垣」なんて、フリーセックスのようなイベントもあって、こういう時に燃え上がって結婚ということもあったでしょうが、恋愛は基本的に特権階級の「遊び」だったんです。
「遊び」が結婚に結びつくのは幸運なケースとも言えるくらいで、『源氏物語』の光源氏だって、本当に恋した藤壺は父の后だったので、結婚はできませんでした。
今まであなたが人を好きになったことがあって、その人とSEXもしたとして、けれど結婚しなかったとしたら、それはなぜだったのかもう一度考えてみてください。
どこかで「この人は結婚には向かない男だ」と直感したからではないでしょうか?
そういう直感の経験を若い頃から積み重ねて結婚に至るのが理想ですが、時間がないのなら、「この人といると安らげる」と思える男とSEXを含めたおつきあいを、まずはしてみてはどうでしょう。